政党は何のためにあるのか
政党への不信が強い日本だからこそ、政党に本来求められる機能とは何かを問い直す。利益集約機能や『居場所』としての役割から、政党のあり方を考えます。
1 政党に対する不信
日本では「政党」に対して、決してよいイメージが持たれておらず、信頼されているとは言い難い状況にあります。
例えば、統計調査などを踏まえても、政党に対して「信頼しない」と答えている人は76.9%にも及びます1。実際に政党に加わって活動している人も、2019年時点の調査では1.4%にすぎません2。この政党加入率は48か国中39位であり、日本において政党に対する信頼やコミットメントが低いことを示しているといえます。
2 政党に求められる機能
もっとも、このように政党不信が強いからこそ、政党に本来求められる機能を改めて考える必要があります。
教科書を紐解くと、最初に挙げられるのは、政党の「利益集約機能」です。平たくいえば、社会に存在する多様な利益や意思を集め、それを政策として整理し、政治の場に示す機能です。要するに、政党には、民意を適切にすくい上げ、それを政治に届ける役割がまず求められています。
しかし、私は、政党に求められる役割はそれだけにとどまらないと考えます。政党には、次のような機能が期待されるべきです。
㋐国民の生の政治に対する不満、希望など(いわば「ざらざらした民意」)を吸い上げる機能、
㋑吸い上げた「ざらざらした民意」を、討議するなどして抽象的利益、公共的利益に変換して、妥当・中庸な考えに翻訳する機能、
㋒抽象的利益、公共的利益を政策という形にアウトプットして、議会に反映させる機能、
㋓上記過程を経るなかで、社会における「居場所」として機能し、国民の社会的連帯感を涵養する場を提供する機能。
3 翻訳機能(㋑の機能)
政治に対する不満、希望は、ともすればバラバラです。
子育て真っ最中の方は、子育て支援の拡充を求めることが多いでしょうし、いま病気で苦しんでいる方の場合、医療政策の充実を求めるかもしれません。消費税減税一つをとっても、政治に対して抱く思いは人によって異なり、ときに相互に衝突します。
この社会には多様な立場の人々が住んでいるため、一部の人にとっての100点の政策は、社会全体にとって望ましいとは限りません。
むしろ重要なのは、それぞれの利害や感情を持ち寄り、議論を通じて調整し、できる限り多くの人が納得できるかたちへと練り上げることです。各々にとって100点ではなくても、60点くらいで相互に受け入れられる政策こそが、社会全体にとっては望ましい場合もあると考えます。政党には、まさにそのような利害調整と統合の役割が求められているのです。
利害調整、統合が行われるプロセスは、たとえ自分の考えが反映されない場合であっても納得感が生まれますし、他者の意見に対しても、寛容の精神を持つことができるでしょう。論理とエビデンスで議論することによって、デマやフェイクに対する耐性が身に着くことも考えられます。
4 居場所機能(㋓の機能)
そして、私は、政党には、さらに別の機能も求められるのではないかと考えます。
かつての日本には、会社、労働組合、農協、商店街、家族など、多様な中間団体が存在し、人々はそうしたつながりのなかで、経済的にも精神的にも支えられてきました。しかし、今日ではそれらの結びつきが弱まり、個人はより裸のままで社会にさらされるようになっています。
いままでは「団体」として守られていたのに、個人一人一人が、「砂粒」のようになって、社会に放り出されて、不安を抱えているといってもよいかもしれません3。
そうした状況のもとでは、自分の声が政治に届いていないという不信感が強まります。実際に、2023年の世論調査では、7割以上の方々が政治家は自分のような人々のことを顧みてくれないと感じています4。
そして、その政治不信は、ときに、自分より優遇されているように見える他者への敵意へと転化します。社会の分断や排外的な空気の背景には、こうした孤立や不安が無縁ではないように思われます。
だからこそ、政党には、単に民意を集約して政策化するだけでなく、孤立した個人を受け止め、人々を社会や政治へとつなぎ直す「居場所」としての機能・役割も担うことができるのではないでしょうか。
もちろん、政党の機能が大きくなりすぎれば、個人の生活世界に深く入り込み、価値観や行動様式にまで口を出す危険を伴います。その点は慎重に考える必要があります。けれども、中間団体の衰退によって孤立した個人を受け止め、社会とのつながりを回復し、政治的主体として関わるための居場所として、政党ができることも、またあるのではないかと考えます。
5 政党の役割・機能を考えること
政党不信は、政治不信につながり、やがて、社会分断を生んでいくことになります。政党不信と政治不信を乗り越えるためにも、政党をただ批判することではなく、政党のあり方そのもの、政党の機能そのものを、今後も考えていくことが重要でしょう。